いつもより。

昨日の延長線上のような気がしますが、これもチャンスです。確かに、また同じことになっていますが、しかし、です。これこそ名誉挽回の時。先に進んで、あとから、また、それなりにでいいと思います。ゆっくりと、しかし、自分の仕事や、できなかったこと、そして、心です。その釣魚ができないと、自分の心が壊れます。だんだんとずれが生じますので、早めの処理をしていくことこそ、カルマ害意ということです。経験するよりもです。

そして、自己の悟りに繋がります。それが、成功の道に繋がる秘訣です。同じことをしていては抜かれます。でもこのような考えに至らない人ははて、不思議です。何で、わからないんだろうと思いますが、これは、仏教でいえば、縁とでも言うべきでしょうか?そのようないい縁がない限り、また、個人の、心相続がよくないと、悟れません。これは、前世からの意識の流れですから。その考えを自分で考えられないということは無理です。縁もありません。それが、神道の奥義です。自分で、考えるということです。その人の人生のなかです。それが、業と言います。だから、悟れない人もいるということです。

それを、密教で、空気で教えるとなると、それは虚無論です。善、悪もありません。それが無秩序の社会を作るのです。

 

しかし、そこで、教えてもらっていても、その人のためにはなりません。自分で間ゲルということです。それは勉強と同じです。答えを教えてもらっても、その次はということで、どんどんと落ちていきます。それで、気がついたときは、自分はどん底です。それからで無理でしょう。その方法も知らずにやっている、そして、クレームです。身勝手もいいことです。

それを世の中のせいにし、逃げているだけです。が、自分はです。それで、精神的ナ成長は無理ですので、添えからは室は深まりません。そのままの子供です。一生ね。

そして、それを今度は自分で乗り越えられるかです。結局、祖小泊。きっと自己の成長、心おの教えはないはずです。いずれまた、もとの世界のヒスでしょう。できなくて、だから、今の空気もということです。隣にいると、疲れると言うことです。

膨張、闘争の空気もです。それが筆になると、様々ナ現象を起こします。それが今です。衝動買いも同じです。

現実は様々ナ心が生じます。これが仏教の心を知れば、わかりますが、人はすべてとはいきません。だから、気をつけないと、様々な問題が起こります。それで、ことが起きているわけですから、祖の現状を理解するためには、やはり、現実と言うことです。それで、多くの人が理解するわけですから。なにかが起こってからでは、遅いと言うことです。だから、チャンスをつかめるといえば、それが、できるわけです。それが能力になりますので、それで、おかねをもうけても、仕方ありません。添えが必要とされているわけですから。それを無知のふりをして、利用しているわけですから。そのうち宗教なんてという人も多くなるわけです。今までは、経済も発展し、この次は精神的なことに発展していった矢先です。このテロとしての問題。それがまた繰り返されるとは人は無知です。だから、芽には、芽を。歯には、はと。という脂身法典がありました。今は読み方が違うそうですが。しかし、それが、キリスト教の教えのひとつでもあります。いつになったら終わるのかです?よく、今の密教に関係する人たちのしていることが、まさに同じで全く理解できない状態です。自分が悪くなればということです。よって、人の気持ちを理解できない人が多いと言うことです。これが、かつての日本のしつけです。が今は、マズローの教えという言葉が向いています。祖の完成の問題ですので、理解できない人には言いたくありません。よって、同姓愛が増えてもです。